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【会員コラム】穂積浅葱(6)不妊治療クリニック爆破犯の過ち:無生殖主義活動家の視点

  • 執筆者の写真: 穂積浅葱|Asagi Hozumi
    穂積浅葱|Asagi Hozumi
  • 7月26日
  • 読了時間: 5分

更新日:7月27日



寄稿者
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穂積浅葱(ほづみ・あさぎ)

会員番号:2

正会員


2021年に無生殖協会を共同設立し、以来代表を務める。

功利主義に懐疑的な立場を取り、リチャード・D・ライダー氏の「苦痛主義」(painism)により大きな正当性を見出す。

好きなレーシングドライバーはF1のオスカー・ピアストリ。


6月17日にカリフォルニアの不妊治療クリニック付近で起こった自爆事件の犯人とされるガイ・エドワード・バートカス容疑者(とその協力者、ダニエル・パク)の行動がなぜ無生殖主義*活動家の視点から許容できないものだったのかについて、私の考えをここに書き留めておきます。


* 苦感能力を持つ意識を作ることは誤っているとする倫理学上の立場を、ここで解説している理由で、無生殖協会は「無生殖主義」と呼んでいます。その実践の仕方は事実上、反ヒト生殖主義(広く『反出生主義』として知られている立場)とヴィーガニズムの両立です。「反出生主義」という言葉の方に馴染みがあれば、読み替えてくださっても差し支えありません。


広く受け入れられている結論(ヒトや動物を作ることは良いことである、または許容されることである)に反対すべき理由を見つけていない人々を、それに真っ向から対立する無生殖主義に納得させようと思ったら、まずは彼らに、議論に参加して我々の話を聞く気になってもらわなければなりません。

そのためには、彼らは少なくとも無生殖主義について「過激」「危険」などという第一印象を強く持っていてはなりません。

ところがバートカスによる爆破事件は、人々が今後、社会の平穏を脅かしうる危険思想として無生殖主義を警戒し、議論自体を避ける可能性を高めてしまいました。

そのような人々の少なくとも一部は、無生殖主義が何なのか理解しないまま、感情的な恐れから積極的に反対するようになり、状況を活動家にとって余計に難しいものにしてしまうでしょう。


無生殖主義の認知度を上げることだけが目的ならば、今回のような事件を起こすことは(それ自体が一般的に間違っていることをひとまず無視すれば)目的を達成する手段として優れたものです。

しかしこのやり方は、間違った理解(または理解の不在)を広めるのに最適なものでもあります。

この事件の報道で初めて無生殖主義を知った人々の多くは恐らく、「無生殖主義を支持する者がテロ事件を起こした」という事実から、無生殖主義そのものを危険思想として認識します。

無生殖主義の正確な理解を助けるコンテンツを他の活動家が頑張って発信しても、メディアによるテロ事件の報道とそれに付随する無生殖主義の雑な “解説” にそれが埋もれてしまえば、人々による「反-生命」「反-人間」のような不正確であいまいな無生殖主義の理解を改めることは難しくなります(これはちょうど、昔の私が共産主義やアナキズムの中身を知らないまま『過激で危険』という印象を持っていたことと同じかも知れません)。

中には、時間が経てばそのような「何となく」の印象で反対することをやめて正しく理解しようと努める人々もいるでしょう。

しかしこのテロ事件が起こらなければ、この人たちはその時点までに作ってしまったヒトを作らずに済んでいたかも知れませんし、もう何十年も前にヴィーガニズムの実践を始めて動物搾取への加担を最小限に抑える生活に移行していたかも知れません。


無生殖主義の認知度を上げるという目的を我々が持つのは、無生殖主義の支持率を高めるという上位の目的のためなのだということを覚えておかねばなりません。

テロ事件を起こす場合より認知度向上が遅くなっても、とにかく正確に理解する人々だけを増やすように努め、その過程で誤解する人々が出ないようにするのが、結局は支持率を高める最速の方法なのではないでしょうか。

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今回のようなテロ事件の影響は、ここまで述べたようなものにとどまらず、無生殖主義をすでに支持している人々の行動にも及ぶ可能性があります。

活動家の一部は、世論や法執行機関によってバートカスのような「過激派」と同一視されることを恐れて、すでにしていた活動をやめてしまうかも知れません。

同じ理由で、活動家になろうと思っていたけれど怖いからやめる、という無生殖主義者もいるでしょう。

バートカスのように暴力を使ってメッセージを広げようとすることは、こうして支援したいはずの運動から逆に人的リソースを奪ってしまう可能性があります。


そして当然、困るのは私たち活動家だけではありません。

無生殖主義が支持を広げられなかったために作られてしまうヒトや動物たちの恐らく大部分は、年単位の長さを持つ生涯を送り、様々な経験をして苦痛を感じます。

さらに悪いことに、彼らの多くもまた子孫を作り、子孫らもまたその子孫を作り、そのようにして何世代にもわたって苦痛の連鎖が続く可能性は高いでしょう。

そうして作られる数えきれないほどの意識たちのうちの一つが、現存する我々活動家の中の最大苦感者**を上回る苦痛を経験することは、ほぼ間違いありません***。

バートカスはそれを考慮しなかったようですが、我々はしなければなりません。

彼に続いて暴力に訴える「活動家」が現れることを、我々は絶対に許してはなりません。


** 最大苦感者は文字通り「最大の苦痛を感じる者」です。苦痛主義において、倫理的配慮を最初に向けられなければならないとされるものを指します。

*** 振るサイコロの数を増やせば増やすほど、6の目が一つ以上出る確率が高まるのと同じです。


余談ですが、バートカスが「虚無主義的な思想を持っていた」とする記事をいくつか見かけています。

法執行機関が「虚無主義」と言っているようです。

ベネター氏も指摘していますが、おかしいですよね。

「***は間違っている」とする思想は、***に入る言葉が何であっても虚無主義とは真逆です。

ずいぶん雑な言葉選びをする人たちがいるものだなと驚いてしまいます。



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