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ホームページに新コンテンツを掲載
本会のウェブサイト an-japan.org のホームページを改良し、 無生殖主義の定義 無生殖主義を擁護する議論 無生殖主義と混同されがちなもの 無生殖主義へのよくある反論と返答 無生殖主義の実践の仕方 をまとめたコンテンツを掲載しました。 ぜひ内容をご一読の上、URLの拡散にご協力ください。

穂積浅葱|Asagi Hozumi
5月15日


街頭活動の予定:2026年7-9月
2026年7-9月の街頭活動は以下の日程で実施される予定です。 参加を希望される方は、それぞれの活動の「参加申込」ボタンからお知らせください。 途中から、もしくは途中までの参加も歓迎します。 上記以外の街頭活動の日程については、街頭活動部トップページをご参照ください。

穂積浅葱|Asagi Hozumi
5月15日


【会員コラム】間忠雄(13)苦しむ人間存在がもはや誰もいなくなるために —なぜキリスト教的反出生主義なのか—
無生殖主義の基本公理は明確で力強い。
それは、「苦痛はあってはならない」というものである。
この公理によれば、苦感能力を持つ存在を直接的にも間接的にも産み出す一切の行為が、道徳的に間違ったものとして認定されることになる。
しかもその上それは、公理としての自明性に疑いの余地がない。
これを否定するならば一切の倫理は解体されてしまうであろう。
無生殖主義がこの基本公理に忠実である限り、従来の反出生主義の立場を包括しつつ、かつ必然的にヴィーガニズムを並立することになる。
しかも、安楽死が苦痛を終わらせる手段として人々の選択判断を勝ち得たとき、無生殖主義はにわかに、個人の死ぬ権利を認める安楽死主義へと接近することにもなる。
ヴィーガニズムや安楽死主義が反出生主義とは独立したものでありながら、人々に訴えかけるための公理の自明性のゆえに、無生殖主義がこうした包括性や親和性をもつことは、人間の出生の停止を求める倫理的反出生主義にとって問題はないのであろうか。
安楽死主義への接近が示すのは、それが「人間の死」への誘惑に対する防御力

間忠雄|Tadao Hazama
5月8日


街頭活動31:神宮橋(原宿駅前)
2026年5月4日(月)の午後、無生殖協会街頭活動部は街頭活動31を原宿駅前の神宮橋で実施しました。
5名の会員と1名の協力者が参加して9種類のパネルを掲げ、付近を通行する多くの人々の注目を集めました。
比較的参加者の多い街頭活動だったため通行人の反応が良く、特に英語話者が興味を持って参加者に質問する場面が多く見られました。
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